【柏レイソル】2023シーズン・レビュー

シーズンの振り返りと言っても、ネルシーニョ前監督時の振り返りは一度まとめているので、ここでは監督交代以降を中心に振り返りたい。

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2023シーズンは「整備」の時間だった

チームビルディングに二つのフェーズがあるとしたら、今季はまさしく「整備」の時間だったと言えるだろう。

「整備」と「構築」は別物である。荒れた田畑を耕すことと、そこで何かを栽培することはまるで違う作業だ。

正直、今季ピッチ上で表現されたものはネルシーニョ監督時代とそれほど大きく変わらない印象だ。

もちろん、守備は一定程度の整備が行われ、データという観点からも攻守ともに改善が図られていることが証明されている。

しかしながら、より具体的にピッチで起こった現象を掘り下げていくと、守備においては属人的な部分は否めなかった。攻撃においてもポゼッションでの前進を落とし込むことはできず前体制からの課題は引き継がれている。サステナブルな組織であったかと問われたら疑問符が浮かぶ。

ネルシーニョ体制発足時点からチームを見ていたことから、「チームへの理解」を評価された上で「早期に結果を出す」ことを求めての登板だった。ただ、「整備」までに要した時間や得られた「結果」、ピッチで表現されるサッカーを見ると物足らなさを感じてしまうのも事実だ。

無論、シーズン途中の監督交代であったため、質を追求する時間がなかった側面もあるだろう。敢えて攻撃には手を付けなかったという大谷コーチの証言もあるほか、ネルシーニョ監督時は選手が委縮してしまっていたという言葉も印象的である。内部でどのような変化が起きたのかまでは分からない。

前置きが長くなったが、ここではピッチ上での現象と選手や監督、番記者のコメントを基に今季の井原体制を振り返っていきたい。

攻撃の修正から始まった井原体制

就任会見の質疑応答

ネルシーニョ監督退任時点で得点数はリーグ最下位だった。

そのような状況とあって、就任会見では攻撃に関する質問が多く寄せられている。

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有料部分なので詳細は省くが、攻撃部分の梃入れから着手するような印象を受ける会見内容だった。キーワードとしては「保持の時間を長くする」「相手陣内に押し込む」「ゴール前の人数を増やす」といったところだろうか。

右肩上がりの【3-2-5】可変システム

攻撃という課題に対して井原監督が選択した回答は、右肩上がりの【3-2-5】可変システム採用だった。

保持では縦に急がずパス回しにGKを組み込みながら時間を確保する。その間に右SBを高い位置に移動させることで横幅を広く使い、敵陣に選手を多く送り込むことを意識した。

ミシャ式に限りなく近い考え方で、数的優位の確保を重視する戦い方で得点力改善を図った。

5枚で横幅を確保する戦い方は4バックの相手との相性も良く、就任初戦のヴィッセル神戸戦では変化の兆しも見られたほか、結果的に敗れたものの上位マリノスのプレッシングを相手に地上での前進を成功させる局面も見られた。

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得点自体も「増加」はした。

ただ、この一点のみで攻撃が改善されたと表現するのはやや強引だと個人的には考える。なぜなら、得点増加の大半は乱打戦の札幌戦で稼いだものだからだ。

相手コーナーキックからの独走ドリブルなど再現性の低いゴールもあったほか、札幌自体が失点の多いピーキーなチームでもあるなど、外的要因によるところが大きい。

その証拠に6月10日の17節以降、リーグ戦で複数得点を記録するまで3か月もの時間を要している。

攻守は一体である、故に苦戦する

選手が瞬間移動できない以上、可変システムを効果的に運用するためには、ボール奪取後に配置を変えるための時間を稼ぐ必要がある。

しかしながら、これまで再三言及してきた通り、ポゼッションに関して前体制からの積み上げは全く存在しない。

そのため川崎や新潟、FC東京といったポゼッションで主導権を掴みたい相手との相性は非常に悪い。

付け焼き刃のポゼッションは、もとよりポゼッションを志向するチームを相手に太刀打ちできない。むしろ、中途半端なポゼッションは相手のプレッシングを誘発するトリガーとなった。

なぜなら相手はボールをポゼッションしたいのだから、全力で奪いに来て然るべきなのである。自分たちがボールをポゼッションするためには、相手からボールを奪わなければならない。

相手のプレッシングを回避するために柏の中盤の選手は後方に降りていくようになる。すると前線の選手が孤立し、前後が分断された状態に陥った。

プレッシングを受けてロングボールを蹴らざるを得ない状況になっても、中盤が空洞化している状況のため、セカンドボールの回収役がいない現象が発生する。ターゲット役の細谷は空中戦に強いタイプの選手ではないし、その役割を担えるはずのドウグラスはコンディション不良により欠場が続く。

また、ポゼッションで敵陣への前進に成功した場合も、発想が数的優位の考え方だけでは【4-4】ブロックを構築する相手にしか可変システムの効果は発揮できなかった。5枚で横幅を埋められる対策を取られると途端に苦しい展開となった。

さらに、保持⇔非保持で配置を変えるということは、それだけトランジションで煩雑なタスクを求められることを意味する。元々守備の基準が曖昧だったところにトランジションでの負担も加わり、内容も結果も出ない時間が続く。

いよいよ手詰まりかと勝ち星から遠ざかったところで、恵の中断期間に入る。

夏の中断で行った「守備の整備」

本当に悪いのは攻撃だったのか

ここまで攻撃を中心に振り返ってきたが、この時点(というかネルシーニョ体制)での課題が攻撃だったのかは疑問が残る。

ネルシーニョ体制から継続された課題として、相手が柏対策として特別なことを用意してきた訳ではないゲームにも関わらず守備が嚙み合わない現象が散見された。どれだけ強度の高い選手を集めても、相手のビルドアップに嚙み合わなければ強度は発揮できない。

それは次第に迷いへと繋がる。前から行っても噛み合わない。撤退してもそこから反転の手段がない。「迷い」とは守備の基準が曖昧になっていくことであり、秩序を失っていくことを意味する。

前線からの守備で生じたズレを最終ラインとGKが気合いと根性で何とかする”丸投げ”の構図で勝ち点を落としていった。直近数シーズンの低迷の要因もほぼほぼここに集約される。

ネルシーニョ体制終盤以降は、もはやプレスも撤退も機能せず、基準すら存在しない無秩序な状態だった。

サッカーにおいて、「攻守」はシームレスなものである。相手からボールを奪わなければ攻撃を開始することはできないことを鑑みると、低迷の原因は攻撃だけではなかったと言えるだろう。

そもそも守備の整備とは何か?何を修正したのか?

残留のためには、とにかく失点を減らすことが重要である。なぜなら、失点を0に抑えれば勝てなくとも負けることはないからだ。

そうした状況であったことから、チームはガンバ戦後の中断期間でネガティブ・トランジション(攻撃から守備への切り替え)とプレッシングの整備に着手する。

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ここでいう守備の整備とは、守備の優先順位としてボールへのアタックを徹底することだった。

大谷・栗澤コーチのコメントにもあるように中断期間以降、ボールロスト後のファーストアクションで相手ボール保持者へアタックする意識が非常に強くなっている。

そのまま奪回できれば相手の準備が整う前に細谷とサヴィオの質的優位を活かし、少ない手数でゴールに迫ることができる。

また、仮にそのまま奪回ができなくても相手の攻撃を遅らせることで自分たちがブロックを構築する時間を確保できれば、失点のリスクを減らすことができる。

実際にこの守備の整備によって1試合あたりの失点数は1~21節の1.6点から22~34節の1.1点まで0.5点ほど改善した。

そのほか、KAGIについては広島に次ぐリーグ2位でシーズンを終えた。KAGIは定義が少し難解なので簡単に説明すると相手のカウンターを許さなかったと捉えて良い(敵陣で守備する時間が長いとか一回当たりの攻撃を長くさせたという意味)。

「守備」の整備がもたらした「攻撃」の改善

また、この守備の整備は副産物として攻撃の改善にもつながった。

ポゼッションの低下により進入系データは軒並み低下したものの、1~21節と22~34節での比較では、得点は0.9点から1.2点へ、シュート本数も8.8回から9.4回へそれぞれ増加(1試合あたり)。少ない攻撃回数でより効果的にシュートまで持ち込んだと表現できる。

攻撃を仕込む時間がない中で得点力のアップや攻撃の再現性を高めていくためには、現状のスカッドでは細谷のスピードやサヴィオのクリエイティブなプレーを最大限に活かすことが手っ取り早かった。

二人が質的優位性を発揮できる局面とは、つまり、相手の守備が整っていない状況だ。守備からの速攻であれば、そのような状況で二人にボールを届けることができる。

そのため、相手がボールを保持してくれるポゼッション型のチームとの相性は良かった。実際に21節以降で勝ち星を挙げた4勝のうち3勝(マリノス横浜FC、札幌)はボールを保持したいチームが相手であったし、記憶に新しい天皇杯・決勝の川崎もまさにそのようなチームである。

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守備の改善を支えた2トップ

守備の改善についてもう少し掘り下げたい。

中断期間以降の守備を支えたのは細谷と山田康太の2トップといえる。

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細かい立ち位置の修正を繰り返し、中央を閉じながら選択肢を削るプレッシングの質は非常に高く、絶え間のないシームレスなトランジションはもはやチームの生命線であった。

相手がGKを混ぜながら柏のプレッシングを回避しようと試みても、深くまで追い掛ける。柏のFW-SH-CH間での連動に怪しさが窺える局面は散見されたが、2トップの2度追い3度追いはもちろん、プレスバックなどといった献身性が守備の安定を支えた。

敵陣に誘い込まれてラインが高くなったとしても、相手ボール保持者へ圧力を掛け続ければクリーンなボールが前線に入ることはない。

2トップのプレッシングとトランジションによって相手ビルドアップ隊から選択肢と自由を削り続けたことで、ロングボールの質を低下させることに成功した。

リーグ後期は相手のロングボールによる前進を最終ラインが跳ね返す場面が多く見られた。タイミング的にも途中加入した犬飼の功績であるようにも見えるが、これは2トップがクリーンなロングボールを入れさせなかったことが1番の要因だと個人的には解釈している。

このような観点から、守備の改善に一番貢献した選手は間違いなく細谷と山田康太の二人と言える。

 

しかし、これは諸刃の剣でもあった。

前述の通り、2トップには非常に高い強度が求められる。90分間それを維持することは難しい。

そのため試合が推移するにつれて次第に前線からのプレッシング強度が低下していく。相手のビルドアップ隊に牽制が掛からなくなり、徐々にラインの後退を余儀なくされるようにな展開は記憶に新しいだろう。

自陣でのプレー時間、それも守備の時間が増えれば当然失点のリスクは高まっていく。終盤のPK献上が印象的だが、高い位置でプレーをしていれば不慮の事故も回避することができる。

また、本来は攻撃でクオリティを発揮させたいはずの二人に守備でのハードワークを求めているということは、それだけリソースを割いているということでもある。

1選手が1試合の中で動ける量には限りがあるのだ。

再現性に欠けたチームビルディング

サステナブルではなかった? メンバー固定によるメリットと弊害

勝ちきれないゲームが多かった最大の要因は、厳しい言い方をするなら、再現性の低いチームビルディングが要因と考える。

サステナブルな組織を作ることができなかったということだ。

特に生命線であった細谷と山田康太のプレッシングやトランジションは組織的なものではなく、二人のインテリジェンスやセンスに依拠したものだった。

シーズン途中の監督交代で守備を仕込む時間がなかった側面も一定程度は同情しつつも、一向に列間で連動する気配のなかったプレッシングなどを見ると恐らく時間の問題ではないだろう。

強度の高いサッカーに再現性の低さはクリティカルな問題だ。

本来、試合終盤にかけて低下していく前線の強度を選手交代によって補っていくことが求められる中、途中投入された選手に細谷と山田康太のタスクを担うことは難しかった。それほど先発2人のクオリティが高かったとも言えるし、誰が出ても変わらない守備を仕込むことが出来なかったとも言える。

監督交代以降は、ルヴァン杯という実戦で戦術を落とし込む時間や控え組のテストを行う機会もほとんどなく、先発を固定し限りなく小さなユニット内で再現性を高めていくほかなかった。

その結果、短期的に勝ち点を積むことには成功し、「先発組がフレッシュな時間」に関してはある程度の内容を担保できた。

一方で、強度低下や負傷離脱、累積警告によってメンバー交代を余儀なくされると内容も結果も厳しい展開が続いた。

天皇杯は奇跡か?

このゲームはクラブにとっても貴重な財産になる。特に土屋や山本を中心に若手も出場機会を積むことができた。この経験は着実に未来へつながっていくはずだ。

ただ、ゲームの内容自体がサステナブルなものだったかと言えば疑問符が浮かぶ。

つまり、来季の開幕戦からこの強度のゲームを継続できるのか?という意味である。

決勝が拮抗した展開となった要因は、ボールを保持したい川崎に対してトランジションが武器の柏という戦術の噛み合わせが良かった点は見逃せない。さらにいえば、ピッチコンディションも味方した。

また、強度を維持できた要因がどこにあったかと言われたら、6万人超の観客が集まる決勝という特殊な舞台がいい方向に作用した側面が非常に大きいと個人的には思う。決勝補正と僕は呼んでいる。

厳しいことを言うなら、あの強度のゲームを来季開幕から、更にはシーズンを通じて継続することは難しいのではないか--というのが個人的な見解だ。

続投について思うこと

柏レイソルはどこに向かうのか

井原監督の続投が発表された。

今季ピッチ上で表現されたアウトプットには限界と将来性に疑問は感じつつも、準備期間の少なさや歪なスカッドネルシーニョ体制で蓄積された負債を支払わされた側面など一定同情の余地はあると考える。

実際に敢えて攻撃には手を付けなかった旨のコメントが大谷コーチから出ており、スカッド構築段階から関与できる来季はもう少し違ったサッカーが観られるかもしれない。

ただ、前体制が終了したタイミングで公開した記事でも言及しているが、僕は井原体制を継続すること対して常に疑問を投げかけている。

この体制で「結果」が出たとして本当にそれでいいのか、と。

これは体制批判ではなく、ただの問いである。

仮に井原監督で結果を残したとして、本当にそれで良いのか。

もしも結果が出なかった時に受け入れることはできるか。

もしも結果が出なかった時にクラブとして何が積み上がるのか。

その「勝ち方」や「負け方」に信念はあるのか。

「ただ勝てば良い」という思考は、この6年間の停滞をもたらした思考そのものではないか。

このクラブがどのようなサッカーで、何を成し遂げたくて、なぜ井原監督にお願いしているのか。

こうした部分を整理し、経営層とコンセンサスを握り、人事や補強など具体に落とし込むことがGMに求められる仕事である。

布部GMにはこのあたりの説明は求めたいところであり、ここがクリアにならない限り、本当の意味でネルシーニョ体制から前進したとは言えないと個人的には考えている。

何れにせよ、来季の監督人事が固まったことでストーブリーグも本格的に開幕である。続投ということであれば補強すべきポジションや必要なタイプの選手は明確だ。ここ数シーズンも強化部はしっかり現場の要望に応えている。来季に期待できるかどうかは……スカッドが固まったころにまたここで書いてみよう。

来季こそ、このブログを更新したいと思えるゲームが増えることを祈って。