第二期ネルシーニョ体制について思うこと

戦術面について

まずは戦術面について、時系列で振り返ってみたいと思います。

2019年

昇格が至上命題のシーズン。

しかし、序盤は大苦戦。編成が強度寄りだったこともあり、柏に対して構えてブロックを形成するチームに対して保持せざるを得ない展開や強度の高いプレッシングに対応できない試合も多かった。

システムや選手の入れ替えながら、最適解を見つけるまでに時間を要した。

オルンガがリーグに適応し、【4-4-2】でシンプルに質的優位で殴っていく形が嵌った夏場以降は順調に勝ち点を積んで無事に一年での復帰。

2020年

大型補強でJ1へ殴り込んだ昇格初年度。

コロナでの中断空け直後はコンディション面に不安があり(TM実施せず)連敗を喫したものの、リーグ全体でのトレンドとして保持に振ったチームが多かったことから「撤退カウンター型」の戦術が躍進に寄与した。また、一発勝負のカップ戦に向いている戦術でもあるためルヴァン杯は決勝進出を果たした。

しかし、シーズン中盤以降はオルンガを中心としたロング・カウンターを警戒して、柏にボールを渡してくるチームが増える。柏がボールを握る時間が増加してからは勝ち点が伸び悩むこととなった。

保持が出来ないながらも質的優位で殴ることの出来た2019年(J2)とオルンガの質による「撤退カウンター」が嵌った2020年。

ある意味ここまでの2シーズンは本気で保持に取り組む必要性に迫られなかったと考えられる。保持を放棄しながらも結果を残すことが出来たのは、相対的な質的優位とオルンガという特別な人材によるものであった。

2021年

オルンガ最大の被害者は柏――。

その言葉が示す通り、オルンガの去った柏は「撤退カウンター」の威力が大幅に低下する。強みと思われたロング・カウンターは、オルンガという強烈な個の質に依拠していたことが浮き彫りとなった。

2020年、2021年に質的優位性とオルンガの個で誤魔化していた「保持」という課題にここで正面から向き合うことになる。

当然この時まで全く取り組んで来なかった……というよりは、取り組まなくても何とかなってしまったので、積み上げはゼロに等しい。

カウンターも保持も出来ないという、先行逃げ切り以外に勝機はない非常にピーキーなチームになってしまった。

保持が出来ないから守備の時間が長くなり、失点が増加する。守備の時間が長くなるから、陣地が後退しボールの奪取位置が低くなる……そんな悪循環に陥り、21敗を喫し終盤まで残留争いに巻き込まれたシーズンだった。

2022年

前年の停滞に加え攻撃陣の主力大放出もあいまったことで、開幕前の予想では降格候補筆頭。

しかし蓋を開けてみれば、一時は暫定で首位に踊り出るほどの躍進を果たした。

シーズン序盤の細谷・ドウグラスを頂点にした【5-3-2】は、二人の質的優位性によってビルドアップ問題を覆い隠すことに成功した。

また、開幕・2節と相手に前半で退場者が出たことでスタートダッシュ。監督人事に揺れる相手との対戦が多かった事も大きかった。

とはいえ前期の躍進も基本的には相手に起因するものが多く、その証拠にリーグ後期は8月から未勝利。

原因は昨季から変わらず、結局保持が出来ないことが悪循環の始まりで、陣地後退と守備時間の増加を招くことになった。

2023年

昨年の攻撃陣に加えて、守備陣をほぼ総取り替え。

ただ、個人的にそれほど悲壮感はなく、補強戦略や最終的なスカッドの方向性としては、「保持」という課題を解決する為の補強であり、ロジカルな印象を受けた。

実際にちばぎん〜2節ぐらいまでは、キャンプから取り組んでいた保持が効果的に作用していた。チーム全体で前進するための配置もポジショナルなテイストが盛り込まれており、好意的に解釈できる内容だったと個人的には考える。

保持の時間を長くすることでチーム全体で陣地を回復し、敵陣でプレーをする。そうすることで、前年後期と比べて高い位置で過ごす時間が増え、ネルシーニョ監督の強みであるトランジションを発揮することができた。

これまでの課題に対して真摯に向き合い、ロジカルなアプローチで解決を図っている印象だった。ここまでの積み上げがゼロであることを踏まえると完成度を高めるためには今しばらく時間を要するだろうとは思ったものの、着実に良い方向に進んでいる手応えがあった。

しかし、3節の福岡に敗れてブレる。スカッドが変わっているのにも関わらず、昨年までの戦い方に戻したことで、保持も守備も出来ないチームになってしまった。

チーム状態の悪かった鹿島と戦術的な相性が噛み合った湘南に何とか勝利したものの、内容は乏しく最下位の横浜FCに敗れて時間切れ、ついに決断に至った。

解決しなかった「保持」と同情の余地がある「事業面」での負担

解決しなかった「保持」

在任期間にわたって「保持」という課題に解決策を見出すことができなかった。

「保持」の優先順位が低かった2019年〜2020年はともかく、オルンガ移籍後(2021年〜)は目も当てられないクオリティであった。

前述したように「保持」という課題を解決できなかったことが、守備時間の長期化を招き、守備ラインの後退に陥ったことが成績低迷の大きな要因であった。

柏レイソルというクラブのアイデンティティに「アカデミー」があることや下平・前監督による保持型での躍進の反動も大きかった。サポーター感情としても、この戦い方での低迷は中々受け入れ難いものがあった。

ニュートラル」にならない守備、内向きになっていく選手起用

また、選手起用についても少しずつ内向きになっていった。

コンディションの良い選手を起用し競争を促すスタイルこそがネルシーニョで、2011年の優勝はこの戦い方がマッチしことが要因である。

しかし、組み合わせによる最適解を見つける戦い方は、ある意味で内向きの戦術でもあった。数年前の人件費がトップクラスにあった時期であれば、質的優位性の確保により効果的に作用した可能性も否定できないが、現代のフットボールにはそぐわなかった。

相手をスカウティングし、特徴を潰す「ニュートラル」が強みであったはずが、いつからか正解を自分たちに求めるようになってしまった。

個人的には「保持」を仕込めなかったことよりも、「ニュートラル」な展開に持ち込むことができなくなったことが一番悲しく、切なさを感じた。

「事業面」での皺寄せには同情する部分も

ただ、同情する部分も確かに存在する。

それは財務の悪化という「事業面」(クラブ運営は「事業面」と「競技面」を分けて考える)での負担を強いられた点だ。直近2シーズンでスカッドの総入れ替えを図ることとなった点については、経営サイドにも大きな責任があると考える。

5シーズンという長期政権ではあったものの「事業面」での皺寄せが「競技面」へ影響を及ぼしたことで、長期的なチーム・ビルディングができなった点は否定できない。

そういった事情からクラブとしても「解任」というアクションを早期に取ることが難しかった側面もあるのだろう。

何故この時期か? 財務への影響は?

ではその「事業面」、つまり財務についてはどうだろう。

そもそも何故この時期まで引っ張ったのか?

それは、柏の決算は3月であり新たな決算期を迎えたことで「身動きが取りやすくなったから」というのが一番の要因ではないかと考えている。「3月下旬から対話」とあるように決算期が変わるまでは実行できなかった側面も大きかったのではないか。

リリース文章における「双方合意の上で、退任」という表現から、恐らく違約金は発生しないと推察され、財務面への影響は軽微なものと思われる。

2020年の大型補強による10億円の赤字で財務状態は大幅に悪化したものの、ここ2シーズンの放出を伴う緊縮によって、2023年3月期決算で債務超過は解消に至ったのではないかというのが個人的な見解だ(開示は例年7月末なので、実態は今のところ不明)。

違約金が発生していた場合も、契約の残存期間を考えれば、それほど高額になるとは考えられない。仮に高額であった場合でも、柏レイソルのPL(損益計算書)は基本的には与えられた予算を使い切るような、つまり最終的な損益が±ゼロ近傍で落ち着くような運営を行っている。そのため、新たな決算期が始まったばかりであることから、調整を図るバッファーは残されている(夏冬の市場で獲得を控えるor売却にるキャピタル獲得)と考えられる。

退任に際して費用が生じなかったのであれば、新たな体制の構築へ資金を投下することも可能では?と考えることもできるが、クラブは井原HCの昇格を選択した。「事業面」の実態、つまり財務状態がどうなっているのかは現時点では分からない。7月末の開示を待ちたい。

VITORIA? この5年間は何の時間だったのか?

ネルシーニョというプロジェクトは、「失敗」と断言して良いでしょう。

得られたものよりも失ったものの方が多く、何一つとして成し遂げられないまま結末を迎えました。

この5年間……ネルシーニョ招聘に至ったきっかけである2018年の下平監督解任まで遡るなら、この6年間はクラブがただ停滞しただけ――悲観的に見るならば、何歩か後退した時間だったと僕は思います。

タイトルや優勝争いといった目に見える結果が出なかったことはもちろん、フットボールそのものの質を積み上げることも、財務状況を含む経営基盤の強化を図ることもできなかった。

文字通り、何も残らなかった。

クラブ運営についても排他的かつ閉鎖的な姿勢は強まるばかりで、コミュニケーション不足によってフラストレーションは溜まっていく一方。心の距離さえ離れてしまったと思います。

「結果」という相対的で不確実なものに全ての経営資源を投下し、対話やコミュニケーションを避ける状況にありながら、結果が出ていないのだから当然とも言えますが。

これが、「結果」だけを求めた「結果」です。

「結果」さえ出ていればそれでいいの? 柏レイソルの存在意義は何?

「勝ち」ではなく、「勝ち方」にこだわること

ネルシーニョの再登板に至った理由は「結果」を求めたからだと思います。

しかし、予算の大半を現場に投下する「現場主義」を含めて、僕はクラブの在り方について再考する時期に差し掛かっていると考えています。

ピッチ内外におけるこの6年間の停滞は、結局「勝ち」にこだわらなかったことではなく、「勝ち方」にこだわらなかったことが原因だと僕は思います。もっと抽象度を高めて言うなら、クラブの存在意義について考えることを放棄し「結果」という表層的なものだけを追い求めたことが原因です。

なぜなら、勝敗や成績というものは、相対的かつ自分たちでコントロール出来ないものだからです。

どれだけ自分たちが現場に全力を注いでも、それを上回る相手が出てきたら結果を出すことは難しいのです。勝負事であり、不確定要素の多いサッカーです。時の運が左右することだってあるでしょう。

事実、かつてリーグトップだった人件費は、いつからか柏を上回るクラブがいくつも出てきました。質的優位とは結局「資金力」に他ならないのです。自分たちだけの論理で勝負できる時代は終わりました。

スポンサーからの資金捻出のみならず、自助努力による収益拡大、経営基盤の強化を図らない限りジリ貧です。周囲が大人になって可処分所得を増やしているのにも関わらず、自分だけお小遣い制による節制を迫らている状況と違いはありません。

柏レイソルの存在意義は何? 強いことはアイデンティティ

勝敗以外の部分に信念や拠り所、貫くことのできる芯があれば、目の前の結果や成績に一喜一憂せずとも前に進めるのではないでしょうか。

少し回りくどく感じようとも、そうやって着実に歩みを進めることでしか届かない場所まで後退しています。このクラブとアジアの距離は以前よりも開いているのです。

その事実を我々サポーターも認識すべきです。今の柏レイソルには、アジアを戦う力はありません。

そこで重要なものが、クラブの存在意義……在り方です。

何のために、誰のために存在しているのか。柏レイソルの存在意義は何でしょうか。

僕自身は以下3点が柏レイソルの存在意義であると思います。無論、異論は認めます。

  • アカデミーを大切にすること
  • 千葉県柏市がホームタウンであること
  • 日立台がホームスタジアムであり、相手を飲み込むほどの熱狂があること

決して、強いことがアイデンティティではないはずです。

スポーツクラブ経営は、「事業面」と「競技面」を分けて考えることが一般的になってきました。比較的コントロールのしやすい事業面とアンコントローラブルな競技面です。

柏レイソルは競技面に経営資源のほぼ全てを注いでいる状況です。この際サポーターはさておくとしても、スポンサー様や地域の人々、この街に対して柏レイソルの存在意義を還元できているでしょうか。

もはや親会社からの資金拠出だけではリーグさえ勝ち抜くことはできなくなった今、さらなる事業規模、収益拡大のためにできることは本当にありませんか?

現状維持は衰退の未来――ではありませんか?

せめてこの失敗を価値ある時間にするために

新体制で状況が改善したとしても、それでいいのか

最後に「競技面」、新体制について思うことがあります。

それは、本当に井原さんで大丈夫ですか?

ということです。

体制批判ではありません。ただ問いかけているだけです。

仮に井原さんで結果を残したとして、本当にそれで良いですか?

もしも結果が出なかった時に受け入れることはできますか?

もしも結果が出なかった時にクラブとして何かが積み上がりますか?

その「勝ち方」に信念はありますか?

 

「ただ勝てば良い」という思考は、この6年間の停滞をもたらした思考そのものです。人は歴史から学ぶことができるはずですし、学ばなければなりません。

 

何れにせよ、新たな旅立ちです。

だからこそ、対症療法的な人事に思考停止をせず、今一度、柏レイソルに関わる全ての人が、柏レイソルがどんな存在であるのかを考える機会にして欲しいと思います。

このクラブの歴史を築き、前に進めた偉大な監督との2期目は悲しい結末に終わりました。

しかし、だからこそせめてこの時間を価値あるものとするために、僕たちはこの失敗から学ばなければなりません。

過去は変えられるんです。

今の僕たち次第で。