vsサガン鳥栖(2023明治安田生命J1リーグ 第33節)

シンプルなゲームの構図

平たく言うと主導権を握るためのアプローチが「守備からのトランジションの柏」vs「ボール保持を重視する鳥栖」というシンプルな構図だった。

柏はゲームを通じた最初のビルドアップから敵陣にボールを放り込む徹底ぶりだ。その目的は空中戦を制して前進を図ることではなく、あくまでも陣地回復を優先したものであった。

そういった選択をさせたのはなぜか?というと細谷と山田康太のプレッシング、トランジションを効果的に反映させるためという答えに辿り着く。

プレッシングやトランジションを繰り出すためには、相手にボールを渡す必要がある。そして奪った先のフェーズであるカウンターを意識した場合、可能な限り敵陣で、それもより高い位置で実行できることが望ましい。なぜなら、相手ゴールに近い場所でボールを奪取できれば、ボール持って前進する距離が短くなるからだ。

ビジネス本の名著である「イシューからはじめよ」では「解くべき問題を見極めよ」とある。最も早く仕事を終わらせる方法は、その仕事をやらないことなのだ。

ビルドアップに課題を抱える柏にとって、「ポゼッションによるビルドアップ」は果たして本当に解くべき問いなのか。敵陣にボールを運ぶ方法は、何も足元でクリーンにパスを繋いでいくだけではないはずである。さすれば、「ポゼッションによるビルドアップ」は少なくとも今この瞬間に解くべき問いではないのだという結論はそれなりに説得力がある。

敵陣でプレッシングやトランジションを実行し、ボールを奪い返すことができれば、ポゼッションによるビルドアップを省略することができる。ポゼッションという課題をそもそも解かないという選択をすることで攻略を図っているとも言えるだろう。大谷コーチからも実際に敢えて攻撃には手を付けなかったという証言があった。戦いを略すると書いて戦略なのだ。

少し脱線したが、例えボールを奪い切れなくても、自分たちの守るゴールから遠い場所で守備をすることができれば失点のリスクを低減することができる。

また、相手から選択肢を削り続けることは、特にボールを握ることで主導権を掴もうとする鳥栖相手ならばとりわけ重要な振る舞いである。

柏のプレッシングによって繋ぐことを断念し、ロングボールを選択させた場合でもクリーンなボールを入れさせない。鳥栖のターゲット役である冨樫に対して、犬飼と立田が効率良く空中戦を戦うためには、やはりその供給元であるビルドアップ隊への高強度なプレッシングは必要不可欠なのである。

鳥栖のビルドアップと柏のプレッシング

2:10のシーン。

そんな柏に対して鳥栖がどのように攻略を図ったのかを見てみる。

鳥栖のビルドアップはSBを内側に入れた2323で、そこにGKを加える形だ。


GKをビルドアップに組み込むことによる最大のメリットは+1の状況を作り出せることにある。守備側のGKが攻撃側のFPをマークできないというサッカーの構造上、ピッチ上では必ず1枚多く用意することができるからだ。

柏の守備の生命線は細谷・山田によるプレッシングにあるというのは前述の通りだが、さすがにGK+2CB+アンカーの4枚で組み立てる鳥栖に対して、2vs4という数的不利の局面では分が悪い。俗に言う守備の基準点を狂わされた状態だ。

加えて人を基準にする柏の守備は、ボール保持側のポジションチェンジによってバランスが崩れやすい。言い換えるなら、スペースを与えやすいということだ。

内側に絞る鳥栖SBに付いて行くのは、柏のサイドハーフ。すると、大外レーンが空く。空いたレーンに顔を出すWGは、ドリブルでボールを運ぶことのできる岩崎。引きずられる形で出ていく片山。サイドの深い位置にスペースが空き、そこから前進されてしまう。

鳥栖は試合を通じて、人への意識が強い柏DFを引っ張り出して(動かして)背後を取る、という動きを徹底していた。入念なスカウティングを感じる振る舞いだった。

鳥栖の前進方法に適応する時間もなく大外でのトランジション合戦の応酬から早々と失点する柏。

柏は前傾姿勢となっているためトランジションで奪い返せないと後方には広大なスペースが広がっている。失点直前の「片山vs岩崎」という構図は質的優位性を鳥栖にとられた格好だが、そもそも仕組まれていた(狙われていた)展開だったといえる。

 

失点後も基本的にはロングボールでの陣地回復を優先する柏だが、ターゲット役である細谷と山田は空中戦に強いタイプの選手ではないため、そこから自分たちのボールにするのは難しいというかそもそもそんな仕事は期待されていない感はあった。

どちかと言えば深さを取ることでチーム全体を押し上げる。そして、ロングボールの次のフェーズであるセカンドボールの回収に貢献することが求められている印象だ。セカンドボールの回収は良い。なぜなら後方からポゼッションで前進を図らずとも、攻撃陣が前を向いてプレーすることができるのだから。

鳥栖鳥栖で足元の前進に固執する様子はなく、大外の選手がフリーの場合や柏の背後を突ける状況であればシンプルに狙っていく柔軟性を備えていた。普通のチームより繋ぐ意識は強いけれど。ポジショナルはイコールでポゼッションではないのだと教えてくれている。

セカンドボールの回収という局面にスポットをあてても、ビルドアップの形が2323である鳥栖としては、IHは対応しやすい。仮に柏の最終ラインが跳ね返したとても再度自分たちのボール保持を再開する準備はできていた。柏のプレッシング強度が高いことを織り込んだ上での二段構えである。

同じロングボールではあっても、トランジション合戦からカオスを生み出したい柏と再度クリーンな形でボールを握りたい鳥栖で、はっきりとチームカラーの分かれる興味深い立ち上がりだった。

しばらく……というより試合を通じて鳥栖の保持で時計の針が進む。

豊富な運動量が自慢な柏2トップでも鳥栖のビルドアップ隊を相手にするのは中々厳しいものがある。ましてや数的振りの局面である。アンカーへのパスコースを消すのが精一杯で、2トップ脇からの前進まではケアできない。

柏はファーストプレッシングを剥がされた際の対応、基準点の再設定ををチームとして用意していない印象だった。サイドハーフがサポートに出るのか、出るならこれまで見ていたSBは放置するのか受け渡すのか。

列間での連動性のなさというか、2トップの運動量頼みという守備の脆さと不安定さはやはり残留の掛かる一戦でも露呈した。サヴィオと山田(雄)自身もどこまで追いかけるべきなのか、誰を見るべきなのか迷いながら守備をしているように見えた。

迷う柏に対して淡々と前進を図る鳥栖。予算的に難しい側面もあるのだろうが、アタッキングサードで質的優位性を確保できるようになったらさらに恐ろしい存在になりそうだと思った。そういう意味で鳥栖にとって岩崎の流出は非常に痛いが、毎年選手を引き抜かれながらもこれだけのチームビルディングを見せる川井監督はとても優秀である。来季も楽しみなチームである。

終わりに

試合の展開に目を移すと、基本的には鳥栖保持→柏のプレッシング→鳥栖が剥がせるか否か?を繰り返す構図で推移していった。柏はHTにサイドハーフの役割を整備し、ゾーンに近い形で守備を行うようになる。正確にはハーフスペース近辺に立たせることで外へ誘導したい印象を受ける。外への誘導は相変わらず2トップ任せの部分があったけれど、それでも予めボールの行きつく先が分かっていれば守備も幾分しやすいだろう。

加えて、プレッシングを継続することで鳥栖からボールを奪い返すことのできる局面もあった。ただ、そこからのポゼッションは想定しておらず、再び鳥栖ボールで……といつも通りの推移でゲームは過ぎていく。

今回はリハビリがてらの更新。1回しか観ていないので事実誤認もあるかもしれないので、そこはご容赦いただきたい。